白血病後の肺炎で肺移植をしてからおかげさまで7ヶ月を迎えることができました♪
2006.05.15 Mon

母の日だったので
さっき、離れている田舎のお母さんに電話したら
今日もお仕事でクタクタな様子で
里芋父ちゃんとH奈から大好物のケーキをもらって
大喜びだった。
あたしの贈ったプレゼントは残念ながら
まだ届いていなかったけど
そんなお母さんの様子がうれしかった。
好きだと言っていたパールのネックレスを贈ったのだが
無職金欠なためにいい歳して安いプレゼント(>.<)
喜んでくれるといいなぁ‥((o(^∇^)o))
たぶん、お母さんに似合うものを選んだからにあうはず‥
あたしはいつもいつもお母さんを
病気や学校や医療費で心配させて困らせてきた親不孝の娘だ。
そんな自分を苦しい時もどんな時も
お母さんは文句一つ言わず励ましてくれ支えてくれた。
白血病を完治することができ今まで
肺炎が進行しなかったのも
母の力あってのこと。
普段、生意気に口答えすることも多いけど
ほんとは母には感謝と敬意の気持ちでいっぱいだ。
照れくさかかったけど
いつもほんとにありがとね
またお母さんをいっぱい悲しませるかもしれない。
こんな状態だけど
あたしを助けてくれた人達のために
家族のためにお母さんのためにも
肺移植を迎えられるように
せいいっぱい向き合って頑張るよ!
ダメな娘だけどこれからもヨロシク!
お母さんは受話器のむこうで
月子無理しないでいいのに・・ありがとな。
そう言いながら更に喜んでいたと思う。
今日、ありがとうの一言が言えて良かった。
母には元気な状態で長生きしてほしいものだ(*^-^*)
2006.05.09 Tue
今日はダークなあたしです |||-_|||
液体酸素ヘリオスまで故障 Σ(´曲`;)
外来の日ではないのだが
身体障害者交付診断書を取りに病院へ行った。
酸素もつけているのにまだ手帳申請がこれからだ^^;
診断書・・
入院する前に外来の先生には3級は取れるからやってあげるから
まず住民票をこっちに移して来なさい。
そう言われて今の家からわざわざ住民票を移して入院してすぐ
担当主治医の先生に交付診断書を渡してお願いしたのだが
退院の日までに書いて頂けなかった。
わたしのためを考えてとか
先生達も理由があったのだろう。
私も 何回もまだですか〜?とせかせばよかったのかもしれない。
しっかり伝えずだらしないあたしが悪いのかもしれない。
でもでもショックだ。
il||li _| ̄|○ il||li
結局まだ1回しか診てもらったことがない
今の病院の先生に書いてもらうことになり
今日取りに行って来たという感じだ。
初めて会った先生にお願いするのは
私の体のことを診察時初めてデータを見て
知ったという感じだったので不安もあるし
なんとなく頼みづらかった。
結局、書いて頂いた内容も前の病院で言われていたのと
少し異なっていてゆるく書いたものだった^^;
入院前に手続きをしていたら今頃手帳を手にしていたと思う。
経済的負担も軽減し、安心して医療器具も使用できた。
それまでは何も保障がない。(ノ◇≦。)
現実は厳しい・・
新しい病院には慣れないし
急に1人になったようで寂しくなった気がした。
病院をまたいでいるせいでまだ移植の登録さえできていない・・
泣いちゃだめだと思って我慢していたけど
自宅についたら涙がこぼれてしまった。
こんな時、田舎の家族に電話をしたらお父ちゃんがでて
お母ちゃんもでて話を聞いてくれた。
「おまえは悪くないて。 つき頑張れよ!
母ちゃんも、父ちゃんも応援してるから。何かあったら言うんだよ」
こういう両親の言葉。
ほっとして安心できる。
あたしにはちゃんと支えになってくれる両親がいるじゃない
それ自体が幸せなことなのに。
いろんなことがおきると見えなくなる。
あたしから進んでいかないといけないんだよね。
早く病院の環境に慣れて
登録の件で1日も早く岡山に行けますように・・
液体酸素ヘリオスまで故障 Σ(´曲`;)
外来の日ではないのだが
身体障害者交付診断書を取りに病院へ行った。
酸素もつけているのにまだ手帳申請がこれからだ^^;
診断書・・
入院する前に外来の先生には3級は取れるからやってあげるから
まず住民票をこっちに移して来なさい。
そう言われて今の家からわざわざ住民票を移して入院してすぐ
担当主治医の先生に交付診断書を渡してお願いしたのだが
退院の日までに書いて頂けなかった。
わたしのためを考えてとか
先生達も理由があったのだろう。
私も 何回もまだですか〜?とせかせばよかったのかもしれない。
しっかり伝えずだらしないあたしが悪いのかもしれない。
でもでもショックだ。
il||li _| ̄|○ il||li
結局まだ1回しか診てもらったことがない
今の病院の先生に書いてもらうことになり
今日取りに行って来たという感じだ。
初めて会った先生にお願いするのは
私の体のことを診察時初めてデータを見て
知ったという感じだったので不安もあるし
なんとなく頼みづらかった。
結局、書いて頂いた内容も前の病院で言われていたのと
少し異なっていてゆるく書いたものだった^^;
入院前に手続きをしていたら今頃手帳を手にしていたと思う。
経済的負担も軽減し、安心して医療器具も使用できた。
それまでは何も保障がない。(ノ◇≦。)
現実は厳しい・・
新しい病院には慣れないし
急に1人になったようで寂しくなった気がした。
病院をまたいでいるせいでまだ移植の登録さえできていない・・
泣いちゃだめだと思って我慢していたけど
自宅についたら涙がこぼれてしまった。
こんな時、田舎の家族に電話をしたらお父ちゃんがでて
お母ちゃんもでて話を聞いてくれた。
「おまえは悪くないて。 つき頑張れよ!
母ちゃんも、父ちゃんも応援してるから。何かあったら言うんだよ」
こういう両親の言葉。
ほっとして安心できる。
あたしにはちゃんと支えになってくれる両親がいるじゃない
それ自体が幸せなことなのに。
いろんなことがおきると見えなくなる。
あたしから進んでいかないといけないんだよね。
早く病院の環境に慣れて
登録の件で1日も早く岡山に行けますように・・
2006.05.08 Mon
白血病日記
5月連休。
髪の毛のないハゲ頭に帽子を被って
水色のロングワンピースを着てそれなりにおしゃれをして
仲良しの友達と片道電車で4時間半
の離れた市へ行ってショッピングをしたり
17歳の誕生日は家族にケーキ祝ってもらったり
友達からベル(なつかしい)にたくさんの
おめでとうメッセージをもらったりと
すごく楽しかったのを覚えている。
連休明けには入院なのに
あの頃のあたしには病気の不安を抱えるより
その時、その瞬間が楽しくいられればいいそんなふうに思っていた。
5月7日 入院
自家末梢血幹細胞移植のための幹細胞を
摂取する治療のために入院した。
今回は普通病室。
入院して2日後あたりから内服でイトリゾール 50mg クラビット を飲み始め
前地処置の抗癌剤を3日間投与。
抗癌剤投与後いつもならだるくて寝ているのだが
夕方にはけろっとして起きてゲームをしていたらしい(笑)
不思議と抗癌剤の苦しみが比較的少なかった。
後は白血球が回復してきたところで
腿の付根にカテーテルを入れ
3日間2時間、手術室で麻酔をかけ
末梢血の中に含まれる肝細胞を採取して
今回の治療はいったん終了になる。
投与後、白血球が回復するまで 白血球 血小板がない状態で
(0に等しい) 熱がでやすくなるので注意しなければならない。
早く回復して良い幹細胞がたくさん作られますように・・
そう思いながらいまかいまかと待っていたっけ。
時々吐気はくるものの吐気止めをだしてもらうまでではなかった。
この回復までの期間 口内炎をおこしていたため
口の中がすごく痛かったけど
臓器異常もなく下痢もなく順調に治療が進んだ。
治療中
毎日、お母ちゃんは妹の所へ行ってから遠く離れた私の病院まで
車と電車と徒歩で大雨の日も来てくれていた。
私は後から聞いたのだが
この時、母の実家にお世話になっていた高校にあがったばかりの
妹がおかれている環境や状況に苦しんでいた。
それなのに、あたしは着てほしいとか
母が買ってきてくれたものに
違うからとか食べられないからとか言ってケチをつけたりと
ワガママばかり言っていた。
病気だから何もかも許されると思い上っていた時期で
自分だけがツライと思っていた。
家族さえ思いやることさえできていなかった。
妹達はあたし以上につらい思いをしていたのに・・
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5月連休。
髪の毛のないハゲ頭に帽子を被って
水色のロングワンピースを着てそれなりにおしゃれをして
仲良しの友達と片道電車で4時間半
の離れた市へ行ってショッピングをしたり
17歳の誕生日は家族にケーキ祝ってもらったり
友達からベル(なつかしい)にたくさんの
おめでとうメッセージをもらったりと
すごく楽しかったのを覚えている。
連休明けには入院なのに
あの頃のあたしには病気の不安を抱えるより
その時、その瞬間が楽しくいられればいいそんなふうに思っていた。
5月7日 入院
自家末梢血幹細胞移植のための幹細胞を
摂取する治療のために入院した。
今回は普通病室。
入院して2日後あたりから内服でイトリゾール 50mg クラビット を飲み始め
前地処置の抗癌剤を3日間投与。
抗癌剤投与後いつもならだるくて寝ているのだが
夕方にはけろっとして起きてゲームをしていたらしい(笑)
不思議と抗癌剤の苦しみが比較的少なかった。
後は白血球が回復してきたところで
腿の付根にカテーテルを入れ
3日間2時間、手術室で麻酔をかけ
末梢血の中に含まれる肝細胞を採取して
今回の治療はいったん終了になる。
投与後、白血球が回復するまで 白血球 血小板がない状態で
(0に等しい) 熱がでやすくなるので注意しなければならない。
早く回復して良い幹細胞がたくさん作られますように・・
そう思いながらいまかいまかと待っていたっけ。
時々吐気はくるものの吐気止めをだしてもらうまでではなかった。
この回復までの期間 口内炎をおこしていたため
口の中がすごく痛かったけど
臓器異常もなく下痢もなく順調に治療が進んだ。
治療中
毎日、お母ちゃんは妹の所へ行ってから遠く離れた私の病院まで
車と電車と徒歩で大雨の日も来てくれていた。
私は後から聞いたのだが
この時、母の実家にお世話になっていた高校にあがったばかりの
妹がおかれている環境や状況に苦しんでいた。
それなのに、あたしは着てほしいとか
母が買ってきてくれたものに
違うからとか食べられないからとか言ってケチをつけたりと
ワガママばかり言っていた。
病気だから何もかも許されると思い上っていた時期で
自分だけがツライと思っていた。
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テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.04.24 Mon

昨日関東の自宅に帰宅。戻って来ました〜!
こっちは暖かいわ〜
家族がいないしなんだか寂しい。
ホームシックになりそう・・ヾ(ーー )
せめて実家で花見をして帰りたいと思ったけど
咲くのが遅くて‥
今週は千葉大に行かないと行けないしね。
2ヶ月ぶりの自宅は水場には少しカビが生えていて
だいぶホコリっぽくて居心地が悪く酷かった(-_-;)
今日は、軽く掃いて雑巾がけをして散らかっている物をかたずけて
掃除をした。
ホコリがまって喉にきて咳がでて止まらなくなると思ったけど
咳がでなかったのぉ!
すご〜!
あたしにしてはかなりすごい事である。Σ(゚Д゚;o)
いつも咳と動悸で苦しくなって時間がかかって途中中断になるのに
腰をおろすことなく掃除をする事ができた。
睡眠時呼吸補助器バイパップの効果はほんとにすごいっ!
これで日常生活が楽になったといいきれる。
2ヶ月ぶりのPCもほこりまみれでキーボードの感触がなつかしい。
やっとこさ携帯更新から卒業できそうだ(笑)
夕方には自宅にも液体酸素ヘリオスの親器がやってきた。
36リットル38.6kg
実家で使用していたものと同じだ。
動かそうとしたがビクともしない^^;
かなり重い。( >Д<;)オモー
この親器(リザーバー)から子器の携帯容器に補充して
子機を持ち歩いて使用する。
玄関の近くにおいておかないといけないのだが
かなり場所をとる。
しかたないけど邪魔だぁぁ〜!
家は狭いのー
タンクが見た目が真っ白とか全部シルバーとかだったら
かわいいかもなのにね。
あたしの部屋でシューシュー言いながら
ヘリオスはういております(笑)
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テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.04.20 Thu

今朝はすごく寒くて11時あたりに霙が降ってきた。
まだ寒くて暖房器具が手放せない状態(^^;)
推薦は咲いたそうだけど春まであともう少しかな。
退院してから携帯酸素をリュックにいれて鼻管(カニューラ)を鼻につけマスクでかくして
愛犬のチロ散歩をしている。
マスクがでかいしリュックでかいし風邪ひきで遠足に行くよう。
すごい格好かもなぁ‥(笑)
以前の散歩と違い酸素をつけているのがばれないように顔をそらしながら
マスクで上手く管をかくして村の人に会いませんよーにと祈りながら歩く。
まだ堂々と歩けないの‥ (-_-;)
なかなか勇気がいるわぁ‥
気にしながらではあるけどそれでも酸素を吸っている事によって
いつも咳がでてつらくなる散歩が
景色を見たりチロの様子を気にかけてあげる余裕もあり
気持ち良く歩くことができてすごく楽しい!(^o^)
まだ雪で交通止めになっている箇所が多いため散歩コースが限られてしまう。
チロは残った雪山の上にのってうれしそうに遊んでいるけど
早く雪がきえて春の訪れがきてほしいなぁ。
散歩から帰って来て家が見えるあたりで
ハプニングがぁぁ〜Σ(одо;)
散歩前に満タンに容器に補充したばかりの酸素がでてこなくなってしまった(>_<)
故障かと思ってはぁはぁ言いながら急いで帰って容器を出してみたら
管が凍って酸素が凍ってしまっていた(^_^;)
リュックにいれていたのに気温がそれだけ低かったのねー。
ヘリオス子機が
故障でなくて良かったわぁ (´∀`;∩)
携帯酸素大活躍!
2006.04.16 Sun

明日の退院がうれしくてもうはしゃいでいるあたし。
荷物ももうまとめて帰る気満マン!
2月末に入院したために着てきたブラックトレンチコートが暑苦しいかも。
明日、春らしいカラーのお洋服を持って来てもらおうかと思ったけどやめた。
でも、カジュアルメイクはしたい。
結局酸素を鼻にしないとだし‥
おしゃれしてもなぁなんて考えてしまうわけだけど。
退院だもの。
オシャレして帰る。
そんなのあまり関係ない 自分は自分だからって思いこめば気が楽。
まず、家に帰り酸素をつけた状態に慣れなきゃいけないな。
今までは院内だったから酸素を鼻につけて歩く事ができたけど
明日からは社会生活で駅やいつも行くスーパーやデパートでも
つけることを余技なくされる。
きびしいなぁ‥
頑張んないとね。
明日の退院。
すごく待ち遠しい。
携帯酸素がお供になり病院が変わるし移植登録の検査もあるしで不安ものこる。
けどけど
早く明日になって家に帰りたいって思う。
気になってしょーがないんで早く寝まーす♪
起きたら退院日だもんね ヾ(≧∇≦)〃
テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.04.15 Sat

今日は暖かくていいお天気で
ロビーの窓から遠くだけど満開の桜の木々の様子が
なんとなく見おろせた。
白くてもわもわしたようなのが
市内の建物なんかの間にたくさんあるかんじで
春がきたのね〜
と実感♪
最近、不思議とゆうか会いたくない人に会ってしまうという
やっかいな事がおきている
元4人部屋で一緒だった例のすごいオバサンIさんの旦那さん
(
に会ってしまうのだ。
追っかけられ捕まってしまうのかな。
あたしがIさんとの騒音生活から逃れるため
個室にいったん逃げたせいもあった。
旦那でも絶対に会いたくない!
特に旦那さんのほうがよく知ってるし
それなのにここ1週間 毎日のように運悪くお会いしてしまう。
この旦那さんも自分の妻によって同室の方々に
被害が及んだとゆうのに気にしていないらしく
「やっぱり縁があるんだ。よかったら月子ちゃんの住所と電話番号書いてI子の部屋に来て渡しといてよ」
「○○さんの地域によく行く事あるから会いましょうよ」
など毎回くどくど言ってくるのだ。
しかも1日1回の数分の面会時間の帰りに廊下でばったりとか。
遠くからだからあたしの姿は見えないだろうと安心していたら
いきなり後ろから
「○○さ〜ん待って〜!」
とかけつけてくる。
武田鉄矢+オトちゃん似の旦那かなり怖い
ブル{{(o+э+o)}}ブル
あたしも毎回電話を口実にかわそうとするのだが旦那さんも手ごわい。
今日も夜
ロビーで雑誌を見ていたら入口からのぞきこまれて
「絶対縁がある。今日はこんなところに居た〜」
と驚かされた。
Iさん夫婦とはもう会うこともないと思っていたのに…^^;
会いたくない人には
ばったり会ってしまう。ご縁なのだろうか‥いやいや偶然。
なんかなぁ(^^;)
明日は退院前日。何もおこりませんよーに。
2006.04.13 Thu

今朝からまた移植の事で頭がいっぱいで
肺移植パンフを開いては閉じる。その繰り返し。
昨日は岡大に固まっていたけど今日は千葉大で…頭はぐるぐる。
私が登録をしてうけたいと思うほうに決めた。
明日にはどこへ登録するか答えをだしてはっきりさせて先生達に伝えよう。
今日は早いものでもう教授回診だったけど教授がいないため助教授回診であった。
あたしの主治医、担当医の先生らがずらっと入ってきて
助教授も入って来たのだが…間が…。
いつも回診している訳でないので患者名簿を見ながら私の名をさがしていた。
この光景はなんだかおかしくもあった。
そんなかんじなので診察なしのどことなくさーっと終了してしまった回診であったかな^^;
そして
うれし〜いことに
来週月曜日退院になりましたぁぁ☆+゜.
(p嬉o′皿`o)q.*゜+
検査入院で予定だと2,3週間だったのにぃ〜
もう入院して1ヶ月半くらいになるよ…
月曜退院いたします☆退院予定ですが楽しみ♪
今回はなぜか病棟で良い出会いがあまりなかったので(オープンな感じがなかったのよね)
お友達を作る事ができなかったのは悔いが残るかんじで寂しいけれど
このブログを通して
毎日応援してくれる友達がいるんだと実感。
とてもとてもつらかったのでコメントには
すごく励まされた。
ありがとう!
あと退院まで4日になりますが気をぬかないで
頑張っていきますのでヨロシクです☆
m(_ _)m
2006.04.10 Mon

また4人部屋へ移動になった私。
今度のお部屋はあまり気にせず治療に専念できそう^^
そういえばこの病院の売店のパン屋のパンが古風で美味しい。
今日はカステラサンドを食べたけど中のカステラがふわふわでクリームとの混じり具合が絶妙♪
たかがカステラサンドですが入院しているとこんな事でも些細な楽しみだったりする訳で…
悩みばかりつきないのに食い気と元気だけはあるのよ(笑)
移植施設のこと…
まだ外科の先生から質問の返事がきていないけど
担当医の上の先生が来て現在の段階で登録するなら実績のある岡大がいいとおしてくれた。
もう一刻も早く登録をして退院後適応検査に登録施設へ行ってほしいそうだ。
今のところ
私は実績をとるべきだと考えつつも千葉大が気になっている。
千葉大では心臓を診てもらいドクターにお世話になった事がある。
現在住んでいるマンション(上京してから6年くらい住んでいる)に近いしよく知っている地域にあるため
安心できる場所なのかもしれない。
妹や親戚や友達も東京や千葉に住んでいたりするので心強い気がする。
命を預ける大手術
あたしのような移植をすでにしていて心不全をおこした事があるリスクの大きい患者。
こうゆう場合どっちを選択したらいいのだろうか…
明日は検査もなにもないので千葉大と岡大のコーディネーターさんにTELして相談してみよう!
良いほうへ
導いてくれるかもしれない。
テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.04.09 Sun

今日は昨日とはうってかわってのお天気で気持ちがいい。
青空が広がり海がきらきら光っている。
昨日は夜間のマスクのほうもつけてすぐに寝れてたし
咳こんで一回はずしたものの
またつけて寝るといった対処ができるようになった。
後は朝の動脈血の酸素、二酸化炭素の値をてらしあわせて
風圧の量をきめて家でも寝る時に使用するのだ。
この器具や携帯酸素ボンベは使い慣れてきたので
心配が少しずつなくなってきた。
が…
まだまだ悩みはつきない。
肺移植登録施設を入院中
できれば来週中には決めなければいけない。
脳死肺移植はどこでもできるわけでなく日本では今まで
●東北大学●大阪大学,●京都大学●岡山大学の4施設でしか
できなかったのだが
今年から●千葉大学●福岡大学●獨協大学●長崎大学が
加わって計8施設で実施できることになった。
日本での肺移植の歴史は非常に浅く1998年に○大学において
生体肺移植が行われ日本で最初に成功したそうだ。
2006年1月31日までに76例の肺移植が施行されていて
○大学は76例中45例(59%)を行っている。
今年から実施の4施設は高度推進医療にまだ適用されていないので
手術費も先に東北,大阪,京都,岡山に比べて高くなる。
こういったことも含めて考えると実績がある
病院を選択したほうがいいと私は思う。
今住んでいるところから近い○大がいいのだろうか・・
診て頂いたこともあるしなぁ。
登録前の登録の適応があるかどうかの入院検査は登録施設で行う。
○大で登録にした場合直接○大へ行き入院検査をしなければいけない。
そして、登録待機リスト上位になったらその地へ引っ越さなければいけないのだ。
遠い…
住み慣れた地を後にして新しい土地での手術
○○県なんて行ったことがないし寂しい気がする。
しかたのないことだけど…
命を預ける場所になる訳だから
近距離より実績をとったほうがよいのか。
家族と話あっているがなかなかまとまらず…
ドクターは退院までに早くと促すが
簡単にすぐに決められる問題ではない^^;
来週中には返事をださなければ…
毎日悩まされる。
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テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.04.08 Sat

今日は雨なのに
明るい気持ち。
昨夜、夜間呼吸マスクをしてすぐ眠りにつくことができ
1回も起きることなく朝まできちんとつけて寝ることができた。
まだ風邪が完全に治らないため咳と淡がでやすいがなんとか
大成功!
こんなたいしたことないことがなんだかうれしい。
昨夜うまくいったので来週中やっかいな事がクリアできそうな予感♪
元研修医だった女の先生がくれたぷーさん。
いつも見守ってくれているみたい。
2006.04.07 Fri

今日は、睡眠時呼吸マスクの練習もかねて個室にお引っ越しをした。
3日間だけの小旅行だ。
実は以前にも書いた同室の斜め前のいわくつき叔母さんIさん(49)
からのがれたいためもあり
師長さんが入院が長くなり1ヶ月以上たったし
これ以上ここで我慢することないと気をつかってくれたのもあって
個室にいったん移動ことになったのだ。
半分は息抜きを…みたいな感じになったわけで。
今日、私の前のベットの現役女子高校生のNちゃんも
Iさんの叫び声と異様な監視と暴言に解放され
大喜びで退院して帰って行った。
彼女はいちいち
トイレに行くの?
どこ行ってきたの?
だとか細かく聞いてきて
やることがないのかじーっと1日同室患者や看護師の様子を
観察しているのだ。
TVも家では見てたくせにつけたことがないし
ほんとに何もしないでただ人間観察と
廊下から聞こえてくる音や認知症のお祖母ちゃんの声に
耳をすましている。
まだこれだけならいいのだが
深夜、朝かまわず気にいらないことがあると叫ぶのだ。
今日の5時くらいもまた
またIさんの声で目が覚めた^^;
わざと大きなため息をつきながら
「なんてことしてくれるー!
はーぁ、今日もまたサイテーな一日だ!
あたしがバカなのかよ!よーしみんないじめぬいてやるぞ〜!」
などとシーンとした中1人で叫んでいた。
たまたま朝方だったからまだいいが
夜中にやられるとコワイをこして恐ろしい(:ω:)
ヽ(ヽ>ω<)ヒイィィィ!!●~*ヒイィィィ!!(>ω<ノ)ノ
おかげで呼吸マスクがお休みだった貴重な解放睡眠を
朝5時に起こされよく寝れなかったあたし…orz
去年問題になった騒音おばさん川原容疑者に近い雰囲気をもっている。
元看護師さんなのもあり
先生が処方する薬剤や看護師さんのやり方にいちいちいちゃもん
嫌がらせをしたりして困らせているので手をやかれている。
私の主治医までほとんどかかわった人全員に
要注意患者として常に警戒されているようだ。
Iさんは整形と内科でかかっているが
ぜひ精神科のほうで診ていただきたい。
{個室に移った理由その2}
私の夜義務ずけられてしまったマスクにまだ私が
なれないがために
深夜お手洗いに起きた時マスクをとる時
帰ってきてから頭につける時
マジックテープのビリッビリッとゆう音を
少したててしまった。
運悪く機械のアラーム音が鳴ってしまったのだ。
アラームは最初からその時間に設定してあったらしく
看護士さんが解除してくれたから助かった。
次の朝、夜迷惑かけてしまったと思ったのでお部屋の人に謝った。
Nちゃんにはあたしは大丈夫でしたよ。
あんなのつけて寝なきゃいけないんだしぃ〜しかたないですよ〜
とフォローしてくれたけど
叔母さんIさんだけはやっぱり違った。
あたしの考えが甘かった。
「ビリビリ音がするから猫がはいって来たのかと思って
ナースコールでよぼうかと思った」
とくどくど嫌みを言われた。
こんな事があったので気にしないで
マスクの取り外しや機械の音の対処もできるよう
練習をかねてみずから個室に移動になった。
いやぁ〜いいわ〜♪
個室はたまにはいいものね〜!
Iさんもいないし自由を感じますっ!
咳もでなくなってきたし個室になったので
また今日から呼吸マスクを再開するつもり。
今夜も頑張りますっ!おぅ!(>▽<)ノ
2006.04.06 Thu
テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.04.02 Sun

今日は雨で海もぼやけて見えていてお外も薄暗い。
病院の日曜日は物音も少なくとても静かで寂しい。
風邪は良くなってきてはいるが
だらだらと喉痛と咳はつづいている。
早く風邪を治して来週末には退院の目処がたてばいいなと思っている。
とてもうれしい事があった。
2年前に検査入院したときにお世話になった当時研修医だった女の先生が
このジャンボぷーさんをクレーンゲームでとってきたのだ。
あたしによくにていたらしい(笑)
にているのかぁ…^^;
先生はこの入院ですでに訪ねてくれていて今回は2回目の訪問だった。
あたしの検査結果が2年前に比べおもわしくなかった事を知ってかなりおちこんでいたのをのを察してか
ぷーさんをとって
プレゼントしてくれたのだ。
感情表現が苦手そうな照れやなかんじの先生の突然のプレゼントだったので
すごくうれしくて
今でもこんなに気にかけてくれる先生がいて幸せ者だなぁと実感…(*^_^*)
携帯酸素ボンベをつけて移動しなくては行けなくなったこと。
夜寝るときに呼吸を助ける機械
酸素マスクをつけなくてはいけなくなったこと。
まだ落ち込んだり、つらくなってしまう事もしょっちゅう。
このぷーさんを見ていとなんだか不思議となんでも前向きに考えられそう。
気持ちが楽になれて
また今回もつらい壁をのりこえていけそうだ。
テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.04.01 Sat

ようやく4月になって春だなぁと感じる季節なのだろうが
一昨日は雪が少し降ったようでまだまだ寒い。
予定では2〜3週間の入院がだいぶのびてしまい
残念だ。
今日も液体酸素携帯容器(子器)
に酸素を入れて実際に売店までとかもち歩いてみた。
院内なので違和感なくつけて歩けた。
酸素量が流量最小0.5literで10時間ももつらしい。
ほんとによくできていものだ。
後は、酸素ボンベの管、カニューラを鼻の穴に直接いれる時目立たない物に
開発してほしいと思う。
医療器具の発達も目まぐるしいから期待したい。
そして、私のような肺炎に良く効く薬剤が1日も早く開発されて認知され
酸素をつける事なく生活ができるようになることを
願うばかりだ。
桜満開見れるように退院しなくちゃね。
退院したらまた白血病克服記に戻って続きを綴って行こうと思うので
それまで現在の間質性肺炎闘病日記でいきたいと思います。
ヨロシクお願いしまーす(*^_^*)
テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.03.31 Fri
今日は昨日の微熱もひいて
少し咳はゴホゴホでるけど
だいぶ元気になった(^^)
結局、心機能の事も考え移動時酸素ボンベを
つけることになったので
昨日から液体酸素設置容器(親器)から携帯容器(子器)
にいれて使用する練習を一日一回している。
携帯用容器は25cmの水筒のようなかんじで
酸素ボンベには見えない。
酸素満タン時で1.5kgの重さなのでけっこう重いが
あまり目立たないのが利点。
移動の時だけの使用と言ってもかなり外出時は勇気がいるものだ。
できれば外出時距離が短ければあまり使用したくない。
お仕事もお洋服や帽子など服飾関連で
普段から自分の見た目を気にしてきたあたしにとって
今抱えている難題の一つだ。
気にしすぎなのだろうか‥
自分以外の人だったらどう思うのだろうか。
気になるところ。
肺と心臓のためだもの。しかたないよね!
テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.03.30 Thu
肺移植にむけて今から
検査のほうも進めていくことになった。
脈をゆっくりにするために始めた
メインテートのおかげで
胸の動悸がおさえられて
脈が安静時80〜90くらいになったので
酸素飽和度がかわるかもしれないとゆうことで
再度、精密肺機能検査,6分間歩行,夜間酸素飽和度確認検査,運動負荷試験をすることになり
その結果でこれからの治療を検討し
在宅酸素を開始する
ことになった。
まず心臓にも負担がかけれないし
昨日から風邪でダウンしてしまい
検査がキャンセルのためのびてしまい残念だ(>_<)
どこでもらったのだろうか‥
外はでてないしなぁ‥
今日は咳は良くなったものの37℃後半の微熱がつづき
だるい‥
氷枕をして寝ている^^;
明日には良くなるといいけど。
季節の変わり目風邪にはきよつけましょう。
検査のほうも進めていくことになった。
脈をゆっくりにするために始めた
メインテートのおかげで
胸の動悸がおさえられて
脈が安静時80〜90くらいになったので
酸素飽和度がかわるかもしれないとゆうことで
再度、精密肺機能検査,6分間歩行,夜間酸素飽和度確認検査,運動負荷試験をすることになり
その結果でこれからの治療を検討し
在宅酸素を開始する
ことになった。
まず心臓にも負担がかけれないし
昨日から風邪でダウンしてしまい
検査がキャンセルのためのびてしまい残念だ(>_<)
どこでもらったのだろうか‥
外はでてないしなぁ‥
今日は咳は良くなったものの37℃後半の微熱がつづき
だるい‥
氷枕をして寝ている^^;
明日には良くなるといいけど。
季節の変わり目風邪にはきよつけましょう。
2006.03.27 Mon
今日もいいお天気でお部屋の窓から
貨物船が横ぎって行くのが見える。
この病院は海が見えるので精神的に癒される。窓側でないけどね。
昨日、離れたところに住む一つ下の妹M香にTELをした。
彼女は疲れていたのか怒り口調でだった。
またウルサイ姉ちゃんからだと思ったのだろう。
今の自分の状況
この先肺移植が必要になりそうなこと。
もし生体移植をするようなことがあれば
彼女にもドナー条件の審査などで迷惑を
かけてしまうかもしれないこと。
なんかをおおまかに話した。
M香はとても驚いていた。
「月子は今は大丈夫なの?もう移植しかないの?自分の肺あげるのなんてどうってこたあないよ」
とさっきまで怒り口調だったのに泣き声になってしまった。
ダメな姉だ。
電話でこんな話しなければよかった。
あたし:
「今は大丈夫だけどね。じっくり話したいから近じか1日でもいいから帰って来れたら帰って来て。」
M香:「うん、わかった〜月子頑張ってよ」
なんとなく悲しい気持ちになって
電話をきった。
5年前発症した間質性肺炎の事をM香には言っていない。
また9年前の白血病告知のときのように
ショックと悲しみを与えてしまった私
ほんとにどうしょうもない奴だ
貨物船が横ぎって行くのが見える。
この病院は海が見えるので精神的に癒される。窓側でないけどね。
昨日、離れたところに住む一つ下の妹M香にTELをした。
彼女は疲れていたのか怒り口調でだった。
またウルサイ姉ちゃんからだと思ったのだろう。
今の自分の状況
この先肺移植が必要になりそうなこと。
もし生体移植をするようなことがあれば
彼女にもドナー条件の審査などで迷惑を
かけてしまうかもしれないこと。
なんかをおおまかに話した。
M香はとても驚いていた。
「月子は今は大丈夫なの?もう移植しかないの?自分の肺あげるのなんてどうってこたあないよ」
とさっきまで怒り口調だったのに泣き声になってしまった。
ダメな姉だ。
電話でこんな話しなければよかった。
あたし:
「今は大丈夫だけどね。じっくり話したいから近じか1日でもいいから帰って来れたら帰って来て。」
M香:「うん、わかった〜月子頑張ってよ」
なんとなく悲しい気持ちになって
電話をきった。
5年前発症した間質性肺炎の事をM香には言っていない。
また9年前の白血病告知のときのように
ショックと悲しみを与えてしまった私
ほんとにどうしょうもない奴だ
2006.03.22 Wed
今日は真っ青な青空で
いいお天気だった。
主治医の先生に外科の
先生が昼間手術で23日
か24日の夜どちらかで
お願いしますと言われ
てしまい急だったので
両親にすぐTELをした。
運悪く2人ても仕事が
休みずらい日にちで
あったためにお母さんは
「急すぎるわ〜しか
も家が遠いから夜6時
は遅い。こっちの都合
も考えてほしいなぁ」
とグチっていたが大事
な話しだからと休みを
交代してもらい
なんとか無理言って
明日来てもらうことに
なった。
家から病院が離れて
いるため来るのも車で
高速つかって2時間半
くらいかかるために
それだけでも大変なの
に仕事も休みずらい
ようだったしなんだか
悪いような気もした。
移植についてのお話を
明日、23日の夜聞くこ
とになった。
父ちゃんとお母ちゃん
の顔を見るのが怖い。
現実を知るのは怖いこ
とだけど
希望があるかも‥
しれないと思わなくて
は‥明日が少し怖い。
いいお天気だった。
主治医の先生に外科の
先生が昼間手術で23日
か24日の夜どちらかで
お願いしますと言われ
てしまい急だったので
両親にすぐTELをした。
運悪く2人ても仕事が
休みずらい日にちで
あったためにお母さんは
「急すぎるわ〜しか
も家が遠いから夜6時
は遅い。こっちの都合
も考えてほしいなぁ」
とグチっていたが大事
な話しだからと休みを
交代してもらい
なんとか無理言って
明日来てもらうことに
なった。
家から病院が離れて
いるため来るのも車で
高速つかって2時間半
くらいかかるために
それだけでも大変なの
に仕事も休みずらい
ようだったしなんだか
悪いような気もした。
移植についてのお話を
明日、23日の夜聞くこ
とになった。
父ちゃんとお母ちゃん
の顔を見るのが怖い。
現実を知るのは怖いこ
とだけど
希望があるかも‥
しれないと思わなくて
は‥明日が少し怖い。
2006.03.20 Mon
今日は雨で寒い。
病院へ到着
なんとなく病室には戻りたくないな…
あたしの病室ななめ前のかわった叔母さんが何時来るだろうと首を長くして帰りをまっていることだろう‥。
なんか憂鬱だわぁ…
この叔母さんIさんがなかなかのくせ者なのだ。
看護師さんから病室メンバーになる方みんなに警戒されている^^;今は自由に移動できるようになったせいなのかおとなしいと思う。以前は新人看護師さんに「食べれなかったら無理して食べなくてもいいですよ」
の一言に腹をたて他の患者さんにもかまわず大声をあげて病院食をお茶碗1個ずつ床に投げつけたり、前の患者さんエリアにもこぼれた食べ物とお茶碗がとんでいてしばらくそのままだったらしい(^^;)
もちろん清掃も看護師さんがしてくれ怒らせた看護師さんが謝りに来ていたらしい。
その後彼女は大事な薬も飲まないで意地をはっていたので看護師さんとドクターに
「あなたも看護師さんしてたんだからお薬がどんなに大事なのかわかるでしょ。必ず飲んでくださいね」
と注意されしぶしぶ飲んでいた。
昼間ならまだいいのだが夜も気にしていないのがたちが悪い。
毎夜、トイレのたびに看護師さんを呼ぶのだが、いつもの看護師さんでないのでやり方が気にいらなかったらしくささいな事で
「大丈夫でねーよ!あのバカ」
など暴言をはいて怒鳴ったのだ。
いやぁ〜あれには驚いた (・∀・:)。
私もさすがに目を覚ましてしまいまたいつ怒るのだろうかとビクビクしながら寝た。
同室のK叔母ちゃんもびっくりして起きたそうだ (^^;)
元看護師さんなせいか看護師さんや医者にきびしいのだ。
その方以外他2人。
K叔母ちゃんとOおばあちゃんなのだがすごく良い人達なのだが話しが長い。
5時間ずっと同じ事をしゃべっている。(13時〜18時まで)
私も最初の1時間は会話にはいっていられるのだがゆうじろうや五木ひろしネタで花が咲き同じ話と最初に登場した一癖あるIさんのバッチグー
モーションかけろだのざまぁみそ漬け
など死語が飛び交うようになるとさすがにあたしもついていけなくなりknockout状態…(^^;)
あたしが知ってるように話すのでまいる。
かわせないのでいやぁ〜けっこうつらいんですよ〜
しかもK叔母ちゃんもおばあちゃんもあたしが読書中や日記を書こうとしたり集中していて話しかけないでほしいときに限って必ず話かけてくるのだ。お暇な時ほど黙っている。
お陰様で本にも集中できず、しかたなく叔母ちゃんtalkを聞いてあわせている自分…^^;
悪気ではないんだろうけど疲れます…
叔母ちゃん強っ!!
まわりをまきこんでしまうpower流石です☆
そんなK叔母ちゃんも Oおばあちゃんも退院してしまいなんだか戻って来たらなんだかすごく寂しかったなぁ…
元気になり退院できるのを喜んであげないといけないのに気持ちとは勝手なもので…
あたしも早くできるといいな(*・∀-)☆゛
病院へ到着
なんとなく病室には戻りたくないな…
あたしの病室ななめ前のかわった叔母さんが何時来るだろうと首を長くして帰りをまっていることだろう‥。
なんか憂鬱だわぁ…
この叔母さんIさんがなかなかのくせ者なのだ。
看護師さんから病室メンバーになる方みんなに警戒されている^^;今は自由に移動できるようになったせいなのかおとなしいと思う。以前は新人看護師さんに「食べれなかったら無理して食べなくてもいいですよ」
の一言に腹をたて他の患者さんにもかまわず大声をあげて病院食をお茶碗1個ずつ床に投げつけたり、前の患者さんエリアにもこぼれた食べ物とお茶碗がとんでいてしばらくそのままだったらしい(^^;)
もちろん清掃も看護師さんがしてくれ怒らせた看護師さんが謝りに来ていたらしい。
その後彼女は大事な薬も飲まないで意地をはっていたので看護師さんとドクターに
「あなたも看護師さんしてたんだからお薬がどんなに大事なのかわかるでしょ。必ず飲んでくださいね」
と注意されしぶしぶ飲んでいた。
昼間ならまだいいのだが夜も気にしていないのがたちが悪い。
毎夜、トイレのたびに看護師さんを呼ぶのだが、いつもの看護師さんでないのでやり方が気にいらなかったらしくささいな事で
「大丈夫でねーよ!あのバカ」
など暴言をはいて怒鳴ったのだ。
いやぁ〜あれには驚いた (・∀・:)。
私もさすがに目を覚ましてしまいまたいつ怒るのだろうかとビクビクしながら寝た。
同室のK叔母ちゃんもびっくりして起きたそうだ (^^;)
元看護師さんなせいか看護師さんや医者にきびしいのだ。
その方以外他2人。
K叔母ちゃんとOおばあちゃんなのだがすごく良い人達なのだが話しが長い。
5時間ずっと同じ事をしゃべっている。(13時〜18時まで)
私も最初の1時間は会話にはいっていられるのだがゆうじろうや五木ひろしネタで花が咲き同じ話と最初に登場した一癖あるIさんのバッチグー
モーションかけろだのざまぁみそ漬け
など死語が飛び交うようになるとさすがにあたしもついていけなくなりknockout状態…(^^;)
あたしが知ってるように話すのでまいる。
かわせないのでいやぁ〜けっこうつらいんですよ〜
しかもK叔母ちゃんもおばあちゃんもあたしが読書中や日記を書こうとしたり集中していて話しかけないでほしいときに限って必ず話かけてくるのだ。お暇な時ほど黙っている。
お陰様で本にも集中できず、しかたなく叔母ちゃんtalkを聞いてあわせている自分…^^;
悪気ではないんだろうけど疲れます…
叔母ちゃん強っ!!
まわりをまきこんでしまうpower流石です☆
そんなK叔母ちゃんも Oおばあちゃんも退院してしまいなんだか戻って来たらなんだかすごく寂しかったなぁ…
元気になり退院できるのを喜んであげないといけないのに気持ちとは勝手なもので…
あたしも早くできるといいな(*・∀-)☆゛
2006.03.18 Sat
現在病院で・・頑張っております♪
久しぶりです^^
元気に頑張っているつもりです(^_^)v
やっと大きな検査も終わり少しおちついたので日記を今日から少しずつ書いていこうと思う。
検査も一通り終わり最近は病院の最上階にある図書館でラーメン食べ歩
きの本や旅雑誌なんかを物色している。
暇 (゜。゜)なのだろうが
病室のおばちゃんpowerとtalkにおされ忙しい…(笑)
なかなか手ごわいおばちゃん達との生活なので
後でまた詳しく書いていこうと思う。
検査結果から残念な事に肺炎は前より少し動きを見せていて
酸素の状態も低下していた。
自分でもなんとなくわかっていた事だけど‥
さすがに落ちこんでしまう‥。
肺炎告知から5年たちなんとかプレドニンで進行をくい止めてきた。
プレドニン7.5mgでは肺炎の進行をくいとめるのは不可能なのだろうか‥
不安で胸が痛くなる事もある。
土日は検査も何もないので今日は外泊をもらって家で家族と会話をした
りTVを見て過ごした。
検温なし
9時消灯
TV10時まで。
斜め前のかわったおばさんの視線と監視もなし(ほっ‥
家はほんとに居心地いいわ〜(=^∇^=)
残念なことにまた明日病院に戻らないといけないけどね^^;
久しぶりです^^
元気に頑張っているつもりです(^_^)v
やっと大きな検査も終わり少しおちついたので日記を今日から少しずつ書いていこうと思う。
検査も一通り終わり最近は病院の最上階にある図書館でラーメン食べ歩
きの本や旅雑誌なんかを物色している。
暇 (゜。゜)なのだろうが
病室のおばちゃんpowerとtalkにおされ忙しい…(笑)
なかなか手ごわいおばちゃん達との生活なので
後でまた詳しく書いていこうと思う。
検査結果から残念な事に肺炎は前より少し動きを見せていて
酸素の状態も低下していた。
自分でもなんとなくわかっていた事だけど‥
さすがに落ちこんでしまう‥。
肺炎告知から5年たちなんとかプレドニンで進行をくい止めてきた。
プレドニン7.5mgでは肺炎の進行をくいとめるのは不可能なのだろうか‥
不安で胸が痛くなる事もある。
土日は検査も何もないので今日は外泊をもらって家で家族と会話をした
りTVを見て過ごした。
検温なし
9時消灯
TV10時まで。
斜め前のかわったおばさんの視線と監視もなし(ほっ‥
家はほんとに居心地いいわ〜(=^∇^=)
残念なことにまた明日病院に戻らないといけないけどね^^;
2006.02.28 Tue
白血病日記
時はたつのが早くて
新学期をむかえてあっとゆうまに過ぎ
1週間後の退院後初めての外来の日がきた。
第二段階治療の次のこれからの治療の選択の決断をして
先生にご報告しなければならなかった。
おまけに骨髄穿刺(マルク)もある・・orz
前日、治療選択について家族と話あった。
骨髄移植が1番いい選択なのだろうが
お母ちゃんや里芋父ちゃんはは子供だけは産ませてあげたいし
治療の副作用のリスクが高いとゆうこともあって
自家造血幹細胞移植をおしていた。
あたしもこの頃は決意は固まっていた。
悩んだ結果、家族も納得してくれ
自家造血幹細胞移植にかけてみることにした。
病院へはお母さんが着いて来てくれていた。
行く途中の電車の中でお母ちゃんは
「絶対、あんたの病気は治るから!幹細胞移植で治るから大丈夫!」
はりきって何回も言っていた。
きっとあたしを心配させないように自分の同様を隠すために
言っていたのだろう。
でも、このお母さんの前向きさにのせられて病院にむかっているのに
なんだかほっとするとゆうか元気になれる。
病院に着いて血液検査をして自分の番が来るのを待つ。
この時間はなんとなく不安でもある。
今日これからするマルクのこと
病気になったことやこれからの治療のことなんかをずっと考えていた。
「月子ちゃーん どうぞ入って。」
看護士さんに呼ばれて診察室に入る。
先生の外来は初めて。
十分に血液はあり貧血もなく順調。
検査結果を聞いて安心し治療方法を伝えた。
先生「・骨髄移植
・自己末梢血肝細胞移植(白血病に侵された骨髄を健康な骨髄に 置きかえる治療法)
・化学療法(抗がん剤によって白血病細胞を減らす治療法)
次の3つの治療のことよく話あって決めましたか。」
私と母 「自己末梢血肝細胞移植でお願いします。」
こんなかんじで次から肝細胞移植治療にはいることになった。
この後の骨髄穿刺(マルク)やっぱり嫌だけど
やってもらい家へ帰った。
【補足】 骨髄穿刺(マルク)
白血病細胞が骨髄の中には
あるかもしれないために随時行われます。
穿刺針で骨髄まで差し込み骨の中に入ったところで注射器をつけて
骨髄を吸引して骨髄の標本が取れたら針を抜く検査です。
あたしの場合は腰からでなく胸骨からとっています。
最初は刺針が刺さってくいこんでいくのを想像しているのか
恐怖があったけど何回かやっていると慣れなのか
そんなに痛くなくなります。
骨髄を吸い出す時、温かい棒で押されている感じ。(意味不
一番麻酔の針が恐怖でしたね・・
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テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
2006.02.28 Tue
いつもご覧いただいているみなさんに
大変ご迷惑おかけします。
3週間ほど入院するので
できれば毎日携帯から病院でのことを綴って
更新していきたいと思います。
フィギュアスケート選手の活躍と
荒川選手の金メダルのニュースは
すごく勇気や希望をもらえました〜!
ニッポンばんざ〜い \(。・▽・。)/
嬉しいな〜〜!!
今回の入院もパワーをもらって乗り越えることができそうです(*^-^)
それと今日いい知らせがありました。
2年前の肺炎検査入院のときにお世話になった先生から
私が入院するというのでお電話をいただきました♪
もうちがう病院に移ってしまわれたのにわざわざお電話まで
頂いてき入院中に来てくれるそうです。
こうゆうのってほんとにうれしくてありがたいものです。
お友達できるといいなぁ・・では行って来ます☆ ε=ε=ε=┌(;*´Д`)ノ
大変ご迷惑おかけします。
3週間ほど入院するので
できれば毎日携帯から病院でのことを綴って
更新していきたいと思います。
フィギュアスケート選手の活躍と
荒川選手の金メダルのニュースは
すごく勇気や希望をもらえました〜!
ニッポンばんざ〜い \(。・▽・。)/
嬉しいな〜〜!!
今回の入院もパワーをもらって乗り越えることができそうです(*^-^)
それと今日いい知らせがありました。
2年前の肺炎検査入院のときにお世話になった先生から
私が入院するというのでお電話をいただきました♪
もうちがう病院に移ってしまわれたのにわざわざお電話まで
頂いてき入院中に来てくれるそうです。
こうゆうのってほんとにうれしくてありがたいものです。
お友達できるといいなぁ・・では行って来ます☆ ε=ε=ε=┌(;*´Д`)ノ
2006.02.25 Sat
白血病日記
勇気を出して初日はニット帽をそのままかぶって行こうと
思っていたけどまた抜けたばかりでつるつるなので
結局かつらの上にニット帽をかぶって登校。
新しいクラス。
教室に入ったとたんにやっぱりみんなの視線が集まる。
話したことない人達がいっぱい。
なんかじろじろ見られてる・・
席に着くまでの時間が長く感じる。
友達以外のクラスメイトの女子の視線がきつい。
やっぱりハゲているのが気になるのだろう・・
目があってもそらされあいさつも言えないし
友達をつくる感じではなく初日から嫌な雰囲気だった。
あたしの席の後ろの子は以前話したことがあったので
顔見知り。でも、もう前とはちがう自分。
どうしよう・・と不安で席についた。
その子のほうから
「月子ちゃんおはよう。大丈夫なの学校もう来ても?」
と声をかけてくれた。
この気遣いは不安で恥ずかしい自分にとって救いだった。
元仲良しグループの何人かの友達がいてすごく安心した。
友達はもう髪の毛のないいままでとは見た目も変わった
あたしだったけど普通どうりに接してくれて気遣ってくれた。
友達の優しさはそんな嫌な事も忘れさせてくれていた。
1/14 日記
学校へ・・
元同じクラスの友達がいてほんとによかった。
なんか女子怖い人ばかりで声かけれないよ。
やっぱりかつらに帽子はきつい。
かつらはむれて頭が痒くてしょうがなかった。
明日は帽子だけで行こう
学校の授業もまだ始まったばかり。
授業にはついていける。
もしこの日記を後ろの席だった
Aちゃんが読んでくれていたら・・
新学期、不安で前をむくことも話すこともできなかった私に
話しかけてきてくれたこと今でも忘れません。
ほんとにうれしかったよ。ありがとう
テーマ:ほんのちょっとでも前進! - ジャンル:心と身体
2006.02.23 Thu
白血病日記
退院してからの1ヶ月間
学校や通学の電車の中でいろんなことがあった。
4/13
明日から学校へ行きたい。
新しい学年と新しいクラス。
緊張で楽しみなはず・・
坊主頭でまつ毛なし
かなりやせ細って変わりはてた自分。
なかなか行く決意ができないでいた。
明日からかつらで行ったほうがいいのか・・
ういてしまうし光沢でかつらだってわかる。
余計に悲壮感ただようし・・むれるとキツイ
帽子で行ったほうがいいのか・・
帽子もうくだろうな・・1人だけ帽子かぶってるのもおかしい。
こんな自分を友達や新しいクラスメートは普通に
受け入れてくれるだろうか・・
自分ではなかなかきめかねない。
元同じクラスの友達たちに電話やメールをかけまくった。
「ニット帽にしなよ。おしゃれで被ってるんだと思われるし
黒や茶ならそんなに目立たないと思うよ。
明日、月子来るの楽しみにしているよ。」
「かつらで来ても月子は月子なんだから気にするな。」
友達たちはあたしが明日から新学期をむかえられるように
一生懸命考えてくれてアドバイスをしてくれた言葉。
うれしかったなぁ。友達の力は強し
おかげでニット帽で学校へ行く決意も固まった。
みんなよりちょっと遅い新学期。
新しい教科書やノートをカバンに入れて
赤茶のシンプルなニット帽と制服関係を用意して
その日は早く布団へ入ったが緊張と不安で寝れなかった。
朝が早く来ませんように・・心の中で繰り返す。
結局寝ついたのは朝方だった。
・補足
ちなみにいつも退院の時はうがい薬を何本か処方のみ
薬は何も飲んでいませんでした。
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2006.02.23 Thu
※今日は現在のコトになります
夕方、携帯に病院の入院担当の先生からとTELをもらう。
「ごめんください。 3/○か3/○に入院でも大丈夫ですか?」
穏やかな声の対応。
いつもこの先生は優しそうな声で対応もいいので患者側から
聞きやすく日程の相談もしやすいと思う。
ぜひ、どの病院でもこうゆう対応をしてくれる先生に担当になっていただきたい。
「はい大丈夫です。わざわざありがとうございます。失礼します」
とだけ言って電話をきる。
この電話のやりとりは毎回ほんとに嫌な気持ちになる。
まだ賃貸マンションにいて実家に帰っていない。
そろそろ帰らねば・・って何で帰ろうか・・新幹線かな。
区役所で必要書類はみんなもらってきている。
県外の病院だと入院費の手続きや払い込みがけっこうめんどい。
そのためもあり住民票もかえて安心して入院できるように準備した。
病院ではPCが使用できないので入院までの短い時間
当時の白血病治療日記を書き進めていこう。
2006.02.20 Mon
白血病日記
4/10の退院の日。
退院後の治療方法の選択について先生からお話があった。
治療方法をきめて5月に入って再入院しなければならない。
完全寛解の状態だが、あたしの体内には少数の白血病細胞が
残存している。放っておけば必ず再発する。
兄弟の骨髄の型があわなかったため
・非血縁者間骨髄移植か
・自家末梢血幹細胞移植
・化学療法(抗がん剤の投与)
この3つの選択で次の治療がきまる。
お母ちゃんもお父ちゃんもずっと考えこんでいたと思う。
あたしだけでなく家族みんながすごく悩んでいた。
先生はこれからのことを考えて
治療成果がよく生存率の高い
非血縁者間骨髄移植をすすめてくれたけど
あたしにとってすぐに決断できるものではなかった。
頭の中ではこの中ではリスクが少なく
治癒率がある程度あるだろう
と言われた自家末梢血幹細胞移植で治したいと思っていたが
再発リスクのことを考えると骨髄移植がいいのか・・
子供を産むことができなくなるくらいなら化学療法のほうが
いいのか・・でも再発リスクが高い・・
とか考えてしまうのだ。
一時退院なのはとてもうれしいけどもう次の治療への決断を
しなければならない次期なのがしんどかった。
こんな想いを抱えての退院だったが
帰宅途中家族みんなで
お昼に美味しいとんかつのお店で
サクサクジューシィなロースカツ定食をお腹いっぱい食べて
気分がよくなったせいか
悩んでいた気持ちも少しふっとんでいた。
あたしにとって美味しいものを食べるのは
精神的にも効果ありなのだ。
4/10 日記
1日早く退院できてほんとにうれしい。
1ヶ月ぶりの家はやっぱりいいね〜
暗くて村の桜がよく見れなかった。
桜がそろそろ満開になる頃。
お花見行きたいなぁ・・
病院から帰るとつくづく家はいいなぁと思う。
ランキングに参加しております。
よかったら応援宜しくお願いします。

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2006.02.18 Sat
白血病日記
4月7日
普通病室になった。
高校の入学式でクラス替えもあったからかなりドキドキしていた。
病室の中でじっと学校の様子を想像していた。
早く退院しなきゃ焦っていた。
先生がニコニコしながら病室へ入って来て
「今回は熱が出でちょうど入学式には間に合わなかったけど
週末あたり退院予定にしようか。もっと早くてもかまわないよ。」
と話し出す。
「やったぁ!家の人と都合がつけば10日あたりでもいいです
か?早速tellして聞いてきます〜」
早く退院したい想いではしゃいでいた。
「何もおきなければ10日でもいいよ。お家の人と相談してな。
元気がいいのは良いことだけど無茶するなよ〜」と先生。
あの時、新しいクラスだからなじむためにも早く学校に行かないと
かなりあせっていたと思う。
そして、10日に退院できることとなった。
私の日記
4/3 病室でカップラーメンを食べる。
さすがに美味いのぉヾ(@⌒¬⌒@)ノ
量が少なくて不満・・
4/4 お母さんが菓子パンをいっぱい買ってきてくれた。
まだ胃が戻っていないのに食べ過ぎて夕飯が食えーん!
4/6 友達の千佳が長崎みやげのチーズケーキを持って来てくれた♪
生禁が解除になったので食べられるぞ〜
話は尽きないもので2時間以上おしゃべりしていた。
友達と過ごす時間はほんとに楽しい。
食べ物の事ばかり書いているあたし・・
抗癌剤の副作用は一時的なもので点滴をとってから食い気が
一気に襲ってきていた。
そのおかげか体力の回復が早く退院も早くできることになった。
4月7日
普通病室になった。
高校の入学式でクラス替えもあったからかなりドキドキしていた。
病室の中でじっと学校の様子を想像していた。
早く退院しなきゃ焦っていた。
先生がニコニコしながら病室へ入って来て
「今回は熱が出でちょうど入学式には間に合わなかったけど
週末あたり退院予定にしようか。もっと早くてもかまわないよ。」
と話し出す。
「やったぁ!家の人と都合がつけば10日あたりでもいいです
か?早速tellして聞いてきます〜」
早く退院したい想いではしゃいでいた。
「何もおきなければ10日でもいいよ。お家の人と相談してな。
元気がいいのは良いことだけど無茶するなよ〜」と先生。
あの時、新しいクラスだからなじむためにも早く学校に行かないと
かなりあせっていたと思う。
そして、10日に退院できることとなった。
私の日記
4/3 病室でカップラーメンを食べる。
さすがに美味いのぉヾ(@⌒¬⌒@)ノ
量が少なくて不満・・
4/4 お母さんが菓子パンをいっぱい買ってきてくれた。
まだ胃が戻っていないのに食べ過ぎて夕飯が食えーん!
4/6 友達の千佳が長崎みやげのチーズケーキを持って来てくれた♪
生禁が解除になったので食べられるぞ〜
話は尽きないもので2時間以上おしゃべりしていた。
友達と過ごす時間はほんとに楽しい。
食べ物の事ばかり書いているあたし・・
抗癌剤の副作用は一時的なもので点滴をとってから食い気が
一気に襲ってきていた。
そのおかげか体力の回復が早く退院も早くできることになった。
2006.02.16 Thu

最近天気がよくて暖かい。
青空が広がってて見ていると
やる気もわいてくるし元気になれる。
あたしは絵にもよく描くのだけど青空が好き。
今日はお友達と美味しいオムライスのランチを食べて
レース使いのキャミソールやワンピースを見たりして
ショッピングを楽しんだ。
レースのリボンのついた薄グリーンのカットソーほしかったなぁ・・
春のお洋服ってきれいな色が多いから気分的にも
見てるだけでうれしくなる。
今年の春は自然に触れ合ったりして
元気にいろんなところへ遊びに行きたいな。
ランキングに参加しています。
よかったら応援宜しくお願いいたします。


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2006.02.03 Fri
白血病克服記
1つ下の妹Mは受験前で大変ななか骨髄検査のための骨髄採取をうけてくれていた。
いつもクールでぶっきらぼうな妹があたしのために自分からすすんで
笑いながらうけてくれた。
兄弟かんの移植は再発のリスクの確立が低い。
残念ながら妹の骨髄の型はあわなかったけど
こうやって協力して心配してくれる妹のためにもやる気がわいてきた。
一時退院前に第一部寛解後の治療予定のことを家族と話し合ってよく
考えといてくださいねと先生から言われていた。
選択肢は3つあって
・骨髄移植
・自己末梢血肝細胞移植(白血病に侵された骨髄を健康な骨髄に置きかえる治療法)
・化学療法(抗がん剤によって白血病細胞を減らす治療法)
第一部寛解後選択しなければならなかった。
どれもリスクはつきもので・・
非血縁者骨髄移植は1番再発のリスクは少ないが
慢性GVHD(移植後の慢性病) 間質性肺炎 不妊などのリスクが高い。
自分自身、子供が産めなくなること自体が考えられなかった。
できれば骨髄移植はさけたいと思っていた。
お母ちゃんも子供だけは産める体でいてほしいとかなり骨髄移植について
悩んでいた。
あたしの中では再発リスクは高いけど
化学療法か肝細胞移植で治していきたいと
決断は固まっていった。
子供が産めなくなるのは絶対に嫌
子供の頃からかわいい男の子がほしいと思っていた。
結婚だってしたい・・
慢性GVHDってのも怖い・・
もうなんでこんなこと今決めなきゃいけないの?
これからまた抗癌剤の治療もあるのにそれだけでせいいっぱい。
頭が痛くなるほど悩んでいた。
またこれから個室の中でも考えなければいけない・・
どうしたら一番いいのか。
難しい決断を抱え次の抗癌剤強化療法に臨むこととなった。
[補足]
移植片はドナーの骨髄液、宿主は患者。
骨髄移植後、ドナー由来のリンパ球が、異物と見なした宿主の各器官を攻撃する現象です。
大きく分けて、移植後100日までに発症するのが急性GVHD。それ以後は慢性GVHDです。
慢性での症状は、ドライアイ、肺炎、各内臓を冒したりします。度合いが強いと死に至ることもありますが、適度な症状なら移植を成功させる手助けになります。
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